宗教から抜け出すたった一つの方法

こんにちは、もっちゃんです。

僕は以前、ある宗教団体(以下宗教と書きます)に所属していました。経済誌ダイヤモンドで宗教特集が組まれると掲載されるくらいに大きな宗教です。僕が小学低学年の頃に母がその宗教に通い始めました。母は、母の友人の勧めで入信しました。

僕がまだ幼い頃から通っていたので、僕は宗教がどんなものかよくわかっていませんでした。僕は母に勧められるままに、その宗教に通うようになりました。当時、世間の宗教に対するイメージはあまり良くありませんでした。地下鉄サリン事件などもあり、「宗教」と聞くと怪しいもの、危ないものだと認識されていました。

小学校高学年の時に家庭の事情で引越し、祖父母と同居するようになったのですが、祖父母も母が宗教に通っていることは良く思っていませんでした。それでも母は熱心に宗教に通っていました。

母は人生の岐路に立つと、必ずその宗教に相談していました。今後の人生に重大な影響を及ぼしかねないようなことです。例えば、離婚するのか、しないのか。引越しをするのか、しないのか。家を建てるのか、建てないのか。こういったことを相談していました。

母は僕によくこう言っていました。

「この教えを守ってたら絶対うまくいくから。もし守らなかったらうまくいかなくなるよ。ちゃんと精進していればお力がもらえるから」

母いわく、人はみな「因縁」というものを持っているらしく、この教えによってその因縁を断ち切ることができると言うのです。そして、死後は輪廻転生することなく、極楽浄土に行けると言います。

幼い頃からそうやって言い聞かされていたので、それが当たり前だと思っていました。なので、僕も重要な決断をする時に、この宗教で相談をしていました。

 

しかし、僕はある日を境にぱったりとこの宗教に行くことを止めました。

 

僕が進路のことで迷っている時に友人の兄に相談しました。当時僕は大学生でしたが、会計専門職大学院に行くか就職するかで迷っていました。また、当時は学歴をとても気にしていたので、良い大学院にいって見栄えを良くしたいと考えていました。就職活動もあまりうまくいっていなかったので、自分の専門性を活かしてより良い学歴が手に入れることができるならそうしたいと思っていました。

一通り相談し僕が話終えると、友人の兄はこう言いました。

 

「君には決断する能力が著しく欠けている」

 

その時「はっ」としました。僕は今まで人生における大切な決断を他人に委ねてきました。失敗するのが怖くて人任せにしていました。決断を他人に委ねると、失敗した時に気が楽です。自分で決めたわけではないので、他人のせいにすることができます。自分で決めて、失敗するのはとても怖いです。

僕は失敗したくなかったので、母に言われる通り、宗教に通いその教えを守ろうと努力していました。「因縁」に負けて自分の身に不幸が訪れることを恐れていました。死んだ後、地獄ではなく天国に行きたいと思っていました。

しかし、友人の兄に「決断する能力が欠けている」と言われてから、「これからは自分のことは全て自分で決めよう」と決めました。

本当にあるのかわからない「死後の世界」を保証してもらう代わりに、自分の人生を他人に明け渡すのはおかしい。そう思いました。もしかしたら、あの宗教で言われていることは本当かもしれません。天国と地獄があり、言われる通りに精進していたら天国にいけるかもしれません。でも、それを証明することは誰にもできません。

あるのか、ないのか、分からない不確かなもののために自分の人生を生きないのはもったいないと思いました。人生は一度きりです。

僕は、母に「もう宗教に行かないから」と宣言して宗教に通うことを止めました。母は思いとどまるよう僕を説得しました。また、とても残念に思っているのがよくわかりました。母が残念そうにしているのを見るのが最初は辛かったです。やはり両親からは、「良い子であると思われたい」という欲求がありました。しかし、僕は自分の人生を自分で決断することを選びました。

 

宗教から抜けるたった一つの方法。それは目に見えない不確かなものを信じることを止めて、自分自身を信じることです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です